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「脂ののった赤身、木目をずっと見てきた。尾鷲の木がある限り、尾鷲の材を挽いていく」と、答えるのは代表の博一さん。世代交代が進まないといわれている中、ここでは息子の勝博さんとその友人がUターンし、ちゃくちゃくと世代交代が進む。 |
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博一さんと勝博さんが口をそろえて、こだわりは「尾鷲の木材を使う」ことという。今まで尾鷲の木材をみて育ってきた。こだわらずにはいられない、とのこと。 仕事のこだわりは、次世代へ継がれようとしている。製材する尾鷲ヒノキの原木仕入れを息子さんである勝博さんに任せている。セリに行けば周りは知っている人ばかりで、自分(勝博さん)は最年少。仕入れは度胸もいるし遠慮もある。しかし、博一さんは次のように言う。「毎日が勉強。親父には、失敗して勉強しろ、未熟なりにやってみろといわれた。それが勉強となった。だから息子にも自由に買わせる」と。 「このあたりの木なら、どこの山から出されたかわかれば、大体中身がわかる。」尾鷲材にこだわってきたからこそ言える言葉だ。数年前の台風による水害で、クロスや合板張りは全てダメになった。しかし、無垢の尾鷲材を使用した家はビクともしなかったという。実際に見せてもらう。なるほど、言われなければ浸水したようにはまったく見えなかった。やはりその地域で育った材は耐久力、色ツヤなどがその気候風土に一番あっているということか。 |
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